「ホルムズが開いた」は本当か——データで検証する正常化の幻
💡 ぱぶちゃんの仮説
ホルムズ海峡の通行量が、平常時より少ないながらも回復しつつあるという報道が出始めている。しかし私はこう考えている。
今見えている「回復」は本物ではない。封鎖中にペルシャ湾内に滞留していた船舶が、停戦合意文書の署名を受けて一斉に仕向地へ向けて出発した——いわば在庫の吐き出しフェーズに過ぎない。問題はその先だ。
コンテナ船がペルシャ湾を経由する定期航路を元に戻すには、まだまだ時間がかかる。タンカーも種類を問わず、定期航路の安定には程遠い状況が続く。そして世界中の人々が「普通に戻った」と実感できるのは、まだずっと先の話だと私は見ている。
この仮説が正しいかどうか、データと専門家の見解を使って深掘りしてみた。
⏱ 30秒で読む結論
今見えているホルムズの通行量回復は「在庫の吐き出し」に過ぎない。機雷除去に最大6ヶ月、保険市場の正常化にさらに数ヶ月、ライナー航路の再編に半年以上——構造的な壁が3枚重なっており、2月27日以前の水準への完全回帰は早くとも2027年以降になる可能性が高い。
📌 3行サマリー
① 通行量は封鎖前の138隻/日に対し現在は10〜35隻程度——「増えた」ではなく「まだ激減中」が正確な表現
② コンテナ船・タンカーともに戦争保険料が危機前の10〜15倍水準で推移しており、保険市場の正常化なしに本格回復はない
③ イランが機雷の位置を把握できていない可能性があり、完全除去には湾岸戦争後の前例から6〜7ヶ月を要する
📊 通行はしているが、正常化ではない
停戦合意文書の署名後、ホルムズ海峡の通行量が「回復している」という報道が増えた。しかし数字を見れば、その言葉が実態とかけ離れていることがすぐにわかる。
2月28日の開戦前、ホルムズを1日に通過する船舶は138隻だった。それが6月21日時点では、Windwardの分析によると1日10隻前後——ピーク時でも35隻程度にとどまっている。「138隻が10隻」というのが現実だ。パーセントで言えば、まだ92%減の状態から抜け出せていない。
しかも通過している船の大半は、AISトランスポンダー(船舶自動識別装置)を切った「ダーク」船舶か、制裁対象のイラン系タンカーだ。海事インテリジェンス企業Windwardは6月21日の分析で「現在のトラフィックプロファイルは、制裁対象・イラン系が中心で、封鎖末期のベースラインに近い。機能する開放海峡には程遠い」と断言している。
UNCTADも最新レポートで「ホルムズ海峡は事実上閉鎖されたまま」という表現を維持しており、国際機関の認識は「回復」とはほど遠い。
🚢 滞留船の吐き出しが終わると何が起きるか
停戦合意文書の署名後に観測された通行量の増加は、業界では「純粋に機械的なもの」と評価されている。Kplerのアナリストはこれを「初期スパイクであり、根本的なスループットの回復を意味しない」と表現した。
構造はシンプルだ。封鎖中に湾内に溜まっていた船が、一斉に出口へ向かった。これは「在庫の吐き出し」であって、定期的な船の行き来が再開したわけではない。
問題はこの吐き出しが終わった後だ。次に来るはずの「新しい船」がホルムズを通って入ってくるためには、保険の手配、イランへの事前通報(PGSAへの48時間前申請)、そしてイラン当局からの許可取得という全く別のプロセスが必要になる。それが整っていない今、吐き出しが一巡した後に通行量は再び落ちる可能性が高い。
📦 コンテナ船が戻れない構造的理由
コンテナ船の世界は「ライナーサービス」で動いている。毎週決まったスケジュールで、決まった港に寄港する定期航路だ。MaerskやHapag-Lloyd、CMA CGMといった大手船社がこの枠組みで動かしている。
この仕組みは一度崩れると、修復に時間がかかる。2月28日の開戦直後、Maerskはペルシャ湾向け全貨物の「End of Voyage」を宣言し、コンテナを最寄りの安全な港で降ろして荷主に自力での回収を求めた。Hapag-LloydやMSCも同様の措置を取った。その結果、3月2日時点でペルシャ湾内に138隻のコンテナ船、約47万TEU分のキャパシティが閉じ込められた。
これが解消されても、問題は終わらない。CMA CGMとMOLは「停戦合意が紙の上だけでなく、実際の海上で安全が証明されるまでホルムズへの通常航路復帰を想定しない」と公式に表明している。Xenetaのチーフアナリストは「キャリアはリスクを最小化するため、まず小型フィーダー船から再開し、主幹航路は後になる」と予測する。
最楽観のシナリオでも、サプライチェーン・ネットワークの回復は2026年9月中旬とXenetaは見積もっている。The Conversationの分析では「再開から3〜5ヶ月で体感的な改善、危機前バランスへの完全回帰は9〜12ヶ月」とされている。MaerskとMSCは「全サービスの通常スケジュール復帰には初期再開後6〜8週間が必要」と述べているが、それさえもまだ達成されていない段階だ。
🛢️ タンカーが戻れない構造的理由——保険という壁
タンカーはスポット市場の比率が高く、コンテナ船より柔軟に動けるはずだ。しかし現実には、別の高い壁がある。保険だ。
2月28日の開戦前、ホルムズを通過するタンカー1航海あたりの戦争保険追加料率は船体価格の約0.1%だった。それが3月中旬には7日間あたり2.5%まで跳ね上がり、米国・イスラエル関連のタンカーには5%が適用された。ピーク時には、船体価格1億3800万ドルのVLCC(超大型タンカー)1隻の単独通過に1000万〜1400万ドルの保険見積もりが出た。一航海の保険料だけでそれだけかかれば、荷主への運賃転嫁が不可避だ。
Lloyd'sは6月19日にChubbを主幹事とする新たなホルムズ専用保険コンソーシアムを立ち上げ、船体・P&Iリスクに2億ドル、カーゴに2億ドルの引受能力を確保した。しかしMarshの担当者は「料率は現在も船体価格の0.8〜1.5%の幅があり、ホルムズ通過は依然として最も価格設定が難しいエクスポージャー」と述べている。Intact Insuranceの幹部も「キャパシティはあるが、政治的宣言ではなくリアルタイムのリスク評価に基づいて選択的に引き受ける」と明言した。
さらに注目すべきは、米政府が国際開発金融公社(DFC)を通じて400億ドル規模の政府系海上再保険ファシリティを組成したことだ。Travelers、Berkshire Hathaway、AIG、Starr、CNAが参加している。民間保険だけでは機能しないからこそ、政府が保険会社として直接入らざるを得ない構図になっている。これは「正常化」とはほど遠い状態を示している。
🏭 国別インフラ被害——修理に何年かかるか
ホルムズが開いたとして、その先にある石油・ガスインフラが稼働していなければ意味がない。国別に被害状況を整理すると、回復の長期化が避けられないことがわかる。
| 国 | 主な被害施設・状況 |
|---|---|
| 🇮🇷 イラン | 南パルスガス処理プラント4基損傷、バンダルアッバス港攻撃、モバラケ製鉄所が生産完全停止。IMFによる2026年GDP成長率予測を6.1%のマイナス修正 |
| 🇸🇦 サウジアラビア | ラスタヌーラ(日量55万b)一時停止、マニファ(日量30万b減)、東西パイプライン(日量70万b削減)、Satorp精製所停止 |
| 🇶🇦 カタール | ラスラファンに「甚大な損害」、QatarEnergyがForce Majeure発動。ただし物理損傷より輸出不能による強制停止の側面が大きい |
| 🇦🇪 UAE | ルワイス精製所(世界最大級)で複数火災、シャーガス田で操業停止、フジャイラ港が断続的閉鎖 |
| 🇮🇶 イラク | マジュヌーン油田が攻撃、貯蔵満杯により3月上旬から生産削減を強制 |
| 🇧🇭 バーレーン | GCC最大の打撃国の一つ。政府歳入の3分の2超を占める輸出が激減。UAEが54億ドルの通貨スワップ支援 |
| 🇰🇼 クウェート | 油田精製施設が損傷、生産削減を強制 |
重要なのは、ラスラファンやルワイスのような巨大施設は設計・建設に10年単位かかったインフラだということだ。損傷した精製ユニットや液化設備の交換部品は専用品であり、納期だけで1〜2年かかるものもある。国によっては「2月27日以前と同じ状態」には戻れない可能性もある。
💣 機雷問題——最大の物理的障壁
インフラが直り、保険が整い、航路が再編されたとしても、海底に機雷が残っている限り船は通れない。そしてこれが、最も解決に時間がかかる問題かもしれない。
イランが保有する機雷は推定5000発とされており、開戦後にどれだけ海峡周辺に展開したかは現時点でもわかっていない。米当局者は「数十発」と述べているが、それを証明する独立した手段はない。イランのIRGCが発表した「安全航行ルート」の地図には「主航路に各種対艦機雷が存在する可能性があるため」という記述があり、イラン自身も正確な位置を把握できていないという報告がある。
除去作業の現状も厳しい。米海軍は専用の掃海艦アベンジャー級4隻と空中掃海の主力MH-53Eシーストールを、いずれもこの戦争が始まる数ヶ月前に退役させていた。現在この地域で使用可能な掃海対応艦はUSS Canberraの1隻のみだ。
トランプ大統領は「Project Freedom」と名付けた掃海・護衛作戦を命じ、48時間の開放中に10〜100発を除去した可能性が高いと評価されている。しかし元英国海軍司令官は「攻撃を受けない状況であれば数日で再敷設できる」と警告する。機雷は敷設するより除去する方がはるかに難しい。
米議会への証言では、完全除去には最大6ヶ月かかる可能性が示された。1991年の湾岸戦争後にクウェート沖の機雷を除去した際、米国と同盟国は約7ヶ月を要した。あの時はフセイン政権が機雷の位置を提供して協力したからだ。今回、イランが同様の協力をする保証はない。
機雷専門家のスコット・サビッツ(RAND研究所)は「第二次世界大戦の機雷がまだ除去されていない海域もある。それほど資源集約的で時間のかかる作業だ」と述べている。完璧な除去を待つ必要はないが、「安全な航路」を確保したという証明ができるまでは、主要船社が通過再開を決断することはないだろう。
🏛️ 各機関の見立て——「開いた」と言っている機関はない
| 機関 | 現在の見立て |
|---|---|
| IMO | 「安全な通行なし」の立場を維持。2万人の船員保護を最優先に継続監視中 |
| UNCTAD | 「事実上閉鎖されたまま」と表現。2026年世界貿易成長率を4.7%→1.5〜2.5%に下方修正 |
| Lloyd's | 6/19に専用コンソーシアム立ち上げ。ただし「条件付き・選択的」引受で正常化ではない |
| 米政府DFC | 400億ドルの政府系再保険ファシリティを組成。民間保険の補完として政府が直接参入 |
| Windward | 6/21時点で「封鎖末期のベースラインに近い。機能する開放海峡には程遠い」と評価 |
| Goldman Sachs | 「近い将来に紛争前水準への完全回帰はない」と警告。タンカー市場・保険料軌道に重大な影響 |
「開いている」という報道と「開いていない」という機関の評価が並存している理由はシンプルだ。船は通っているが、それは「開いた」のではなく「一部が、リスクを取って、特別な条件で」通っているに過ぎない。
📅 2月27日水準への回帰はいつか
ここまでの分析を踏まえ、2月27日以前の水準——1日138隻が普通に通過し、保険料が0.1%で、ライナー各社が週次スケジュールで運航していた状態——に戻るための条件と時間軸を整理する。
| 条件 | 必要な期間(楽観シナリオ) |
|---|---|
| 機雷の安全航路確保 | 3〜6ヶ月(完全除去はさらに長期) |
| 保険市場の正常化 | 政治的安定確認後さらに3〜6ヶ月 |
| ライナー航路の再編 | 再開判断後6〜8週間(ただし判断自体が遅れる) |
| インフラ物理復旧 | 施設によっては1〜数年 |
| 荷主心理の回復 | 上記全条件が揃ってからさらに数ヶ月 |
これらの条件は順番に並んでいるのではなく、多くが並行して進まなければならない。しかも各条件の間には依存関係がある。機雷が除去されなければ保険は下がらず、保険が下がらなければ船社は戻らず、船社が戻らなければ荷主の心理は回復しない。
The Conversationは「体感的な改善まで3〜5ヶ月、危機前バランスへの完全回帰は9〜12ヶ月」と試算する。しかしこれは「再開が順調に進んだ場合」の話だ。スイスのバーレストック協議が今も継続中であり、イスラエルのレバノン攻撃という不安定要因が残る中で、楽観シナリオが現実になる保証はない。
私の見立てでは、「普通に戻った」と世界が感じられるのは早くとも2027年以降、現実的には2027年末から2028年にかけてだ。そしてサウジの東西パイプラインやイランの南パルス施設など、一部のインフラについては「2月27日以前と同じ」には二度と戻らない可能性すらある。
⚠️ 今後の注目点
🔴 機雷除去作業(Project Freedom)の進捗と範囲
🔴 Lloyd'sのJoint War Committee によるペルシャ湾「高リスク指定」解除の時期
🔴 CMA CGM・MOL・Maersk による主幹ライナー航路復帰の正式発表
🟡 スイス4者協議の次回日程と核問題議題化のタイミング
🟡 ラスラファン・ルワイスの物理復旧スケジュール
🟡 イスラエルのレバノン攻撃の継続・停止
📚 参考情報
- NBC News「Tracking ship traffic through the Strait of Hormuz」(2026年6月22日更新)
- Windward「Strait of Hormuz Transit Assessment — 21 June 2026」
- CNBC「Shipping stalls in Strait of Hormuz after Iran declares key waterway closed again」(2026年6月22日)
- The Conversation「The Strait of Hormuz is reopening, but global shipping won't return to normal for months」(2026年6月18日)
- gCaptain「Hormuz Is Reopening. Shipping's Old Playbook Isn't.」(2026年6月17日)
- Lloyd's「Launch of new marine war risk consortium to support Strait of Hormuz shipping」(2026年6月19日)
- Insurance Business「Lloyd's, Chubb launch Hormuz war risk cover」(2026年6月20日)
- WWD「Strait of Hormuz Traffic Rebounds, but Full Shipping Recovery Could Take Months」(2026年6月22日)
- Insurance Journal「Here's a List of Gulf Energy Infrastructure Damaged in Iran War」(2026年4月13日)
- The Hill「Strait of Hormuz reopening likely to be delayed to sweep Iranian mines」(2026年6月18日)
- PBS NewsHour「U.S. says it's clearing Iranian mines in latest push to open the Strait of Hormuz」(2026年4月25日)
- The National「Demining operations chart course for Strait of Hormuz opening」(2026年5月6日)
- UNCTAD「Hormuz disruption deepens global economic strain across trade, prices and finance」(2026年4月1日)
- IMO「Middle East — Strait of Hormuz」(随時更新)
- World Economic Forum「What stopping war-risk insurance in the Strait of Hormuz tells us」(2026年4月9日)
✍️ 執筆者/ぱぶちゃん|投資歴6年/ぱぶちゃんのファンダメンタルlabを事実ベースで解説するブログを運営中。相場の「なぜ?」を一緒に考えましょう。ナンピンは得意です。/X(旧Twitter):@pablo29god
※本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資行動を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任においてお願いします。

