もしホルムズ海峡が完全封鎖されたら、原油より先に止まる産業があります。
それは——
- 🔬 半導体(ヘリウム不足)
- 🏥 医療・MRI(同上)
- 🌾 農業・肥料(硫黄不足)
- 🏗️ 道路・インフラ(ビチューメン不足)
- ⚙️ 鉄鋼・製造業(DRI不足)
これらはすべて、報道では「原油・LNG」の陰に隠れている資源だ。だが在庫が尽きた瞬間に、価格と産業への影響が一気に顕在化する。
本稿では、ホルムズ封鎖によってサプライチェーンが分断されつつある「見えにくい5資源」を、生産国シェアと代替調達先のデータを交えて深掘りする。
- ① ヘリウム・LPGはカタール(ホルムズ経由)への依存度が高く、半導体・医療・家庭用燃料への波及が現実化しつつある
- ② 硫黄・ビチューメンはサウジ・イランが主要輸出国。代替供給源が限られ、農業コストと建設コストの同時上昇につながる
- ③ DRI/HBIはUAE・サウジが世界最大級の産地。天然ガスベースの製鉄原料が止まると、電炉鉄鋼メーカーの原料調達が世界規模で逼迫する
※アルミニウム・肥料(窒素系)・食料品・石油化学製品・コンテナ物流の5品目は前記事で詳述済み。本稿では前記事で扱わなかった5資源を深掘りします。
なぜ「見えにくい資源」が危ないのか
中東はエネルギー輸出地帯であると同時に、天然ガス精製の副産物・派生物の一大輸出地帯でもある。ガス田が止まれば、付随して生産されるヘリウム・硫黄・LPGも同時に止まる構造だ。
ホルムズ封鎖で供給が止まる可能性のある5資源
中東の位置づけ:カタールは世界第2位のヘリウム生産・輸出国。天然ガス(LNG)精製の副産物として回収されるため、ラス・ラファン工業都市のガス精製が止まると同時にヘリウム生産も止まる。
🇺🇸 米国(ワイオミング・カンザス等):約40〜45% ←世界最大
🇶🇦 カタール:約25〜30% ←今回の封鎖で停止
🇷🇺 ロシア(アムール州・ガスプロム):約15〜20%
🇩🇿 アルジェリア:約3〜5%
その他:残り
代替調達の現実:米国産が最大だが、液化設備・ISOタンクの生産能力には限界がある。ロシアはウクライナ侵攻後の制裁で西側との取引が大幅制限。実質的にカタール分を短期で補える国は存在しない。
影響を受ける産業:
- 半導体製造——ウェーハ洗浄・CVD工程でヘリウムは不可欠。代替ガスが存在しない工程も多い
- MRI・医療機器——超伝導磁石の冷却にヘリウムが必要。病院の検査体制に直結
- 光ファイバー製造——製造工程での保護ガスとして使用
- 宇宙・防衛——ロケット燃料タンクのパージやリーク検査に使用
中東の位置づけ:硫黄は石油・天然ガスの脱硫工程で副産物として大量に発生する。サウジアラビア・クウェート・UAEは世界有数の硫黄輸出国であり、ホルムズを通じた輸出が大半を占める。
🇸🇦 中東全体(サウジ・UAE・クウェート等):約35〜40% ←今回の封鎖で輸出停止
🇨🇦 カナダ(オイルサンド脱硫):約15〜20%
🇷🇺 ロシア:約10〜12%
🇺🇸 米国:約10〜15%
🇰🇿 カザフスタン:約5〜8%
代替調達の現実:カナダ産がある程度の代替になり得るが、アジア向け輸送距離が長く運賃コストが上昇。ロシア産は制裁問題で西側での調達困難。中東分の完全代替は難しい。
影響を受ける用途:
- リン酸肥料の製造——硫酸(硫黄から生成)はリン酸肥料の製造に不可欠。肥料コスト上昇が農業全般に波及
- 化学工業——硫酸は「化学工業の血液」と呼ばれ、電池・製紙・繊維・金属精錬など広範に使用
- 金属精錬——銅・亜鉛・ニッケルの湿式製錬に硫酸が必要
注目点は肥料との二重打撃だ。前記事でカバーした窒素系肥料(尿素・アンモニア)の供給減に加え、今度はリン酸肥料の原料コストも上昇する。農業インフレ圧力は複数のルートから同時に高まっている。
中東の位置づけ:イランは世界最大級のビチューメン輸出国であり、年間輸出量は約400〜500万トン(世界輸出量の約20〜25%)に上る。今回の危機でイランの輸出は完全に停止している。
🇮🇷 イラン:約20〜25% ←今回の危機で輸出完全停止
🇸🇦 サウジアラビア・UAE:合計約15〜18% ←ホルムズ封鎖で輸出困難
🇨🇳 中国:約10〜15%(主にアジア向け)
🇷🇺 ロシア:約8〜10%
🇰🇷 韓国・シンガポール(精製輸出):約8〜10%
代替調達の現実:中国産・韓国産精製品が代替候補だが、イラン産ほどの低コストでの供給は困難。ロシア産は制裁リスク。アジア・アフリカ向けの調達逼迫は避けられない。
影響:ビチューメンは道路舗装・橋梁・防水工事の基礎材料。供給減少は直接的に
- 道路・高速道路の新設・補修コストの上昇
- アジア・アフリカ途上国のインフラ建設計画の遅延
- 建設コストインフレの波及
につながる。ビチューメンは製油所の残渣油から生産されるため、原油処理が止まれば生産も止まるという構造がある。
中東の位置づけ:LPGはガス田の随伴ガス・製油所のオフガスから回収される。カタール・サウジ・UAEは世界最大級の輸出国群であり、日本・韓国・中国・インドへの輸出はほぼすべてホルムズ経由だ。
🇺🇸 米国(シェールガス随伴):約25〜30% ←世界最大の輸出国に台頭
🇸🇦 サウジアラビア:約15〜18% ←ホルムズ依存
🇶🇦 カタール:約10〜12% ←ホルムズ依存
🇦🇪 UAE:約8〜10% ←ホルムズ依存
🇦🇺 オーストラリア:約5〜7%
🇷🇺 ロシア:約7〜9%
代替調達の現実:米国産LPGは増産余地があり最大の代替候補。ただし日本向けはパナマ経由で輸送日数が約35〜40日と長く、中東産(約20日)より大幅に長い。緊急時の在庫補充には時間がかかる。
📊 日本のLPG輸入に占める中東比率は約60〜65%(石油連盟統計)。
二つの用途が同時に影響:
- 家庭用燃料——農村部・都市ガス未整備地域の調理・暖房用。途上国を中心に生活インフラへの直撃
- 石油化学原料(ナフサ代替)——プロパンデハイドロジェナション(PDH)によるプロピレン製造。プラスチック・樹脂の原料コストに直結
LNGが発電・工業用であるのに対し、LPGは家庭の煮炊きに直結するため、アジア・アフリカの途上国においては人道的影響も無視できない。
中東の位置づけ:直接還元鉄(DRI)とその圧縮成形品であるHBIは、天然ガスを使って鉄鉱石を還元した製鉄原料だ。中東は豊富な天然ガスと低コストを武器に世界最大の産地となっている。
🇮🇳 インド:約35〜40% ←世界最大だが国内消費がほぼ全量、輸出はほぼゼロ
🇮🇷 イラン:約15〜18% ←今回の危機で輸出停止
🇦🇪 UAE(エミレーツスチール):約7〜9% ←ホルムズ封鎖で輸出困難
🇸🇦 サウジアラビア(ハデード/SABIC):約6〜8% ←同上
🇷🇺 ロシア:約8〜10%
🇲🇽 メキシコ:約5〜7%
🇪🇬 エジプト:約3〜5%
代替調達の現実:最大産地のインドは国内消費優先で輸出余力がない。ロシアは制裁問題。メキシコ・エジプトは規模が小さく中東分の代替には程遠い。欧州・米国の電炉メーカーは実質的な代替調達先を持っていない。
なぜ今、重要か:
- 電炉鉄鋼の脱炭素化トレンド——高炉(コークス使用)から電炉(スクラップ+DRI使用)へのシフトが世界的に加速中。DRI需要は構造的に増加している
- スクラップ代替としてのDRI——欧州・米国の電炉メーカーが高品質原料としてHBIを積極輸入中。代替調達先が少ない
- 鉄鋼→建設・自動車への波及——DRI不足は鉄鋼生産コスト上昇を通じて建設・製造業全般に影響
5資源の影響まとめ
| 資源 | 主な産地 | 日本・アジアへの影響 | 評価 |
|---|---|---|---|
| ヘリウム | カタール(世界の約30%) | 半導体・MRI・光ファイバー製造に影響 | ⚠️ 深刻 |
| 硫黄 | サウジ・クウェート・UAE | 肥料コスト二重上昇・化学工業全般 | ⚠️ 深刻 |
| ビチューメン | イラン(世界の約20〜25%) | 道路建設コスト上昇・インフラ遅延 | ▲ 高い |
| LPG | カタール・サウジ・UAE | 日本の輸入中東依存60〜65%・家庭燃料+石化 | ⚠️ 深刻 |
| DRI / HBI | UAE・サウジ・イラン(世界の約25〜30%) | 電炉鋼原料逼迫・脱炭素製鉄に打撃 | ▲ 高い |
まとめ:「第二の波」は静かにやってくる
ホルムズ封鎖の「第一の波」は原油・LNG価格の急騰とコンテナ物流の混乱だった。前記事ではこの波を詳述した。
本稿が扱った5資源——ヘリウム・硫黄・LPG・ビチューメン・DRI——は、報道量が少ない分だけ市場の織り込みが遅れやすい。だが在庫が尽きた瞬間に価格と産業への影響が顕在化するという構造は、いずれも共通している。
特にヘリウムとLPGは代替供給源が限られており、封鎖の長期化に伴って深刻度が急速に高まる可能性がある。硫黄は肥料インフレとの連動という形で農業コスト全体を押し上げる。
「原油問題は一段落した」という空気感が出始めたとき、この「見えないサプライチェーン」が次の市場テーマとして浮上してくる可能性を、頭の片隅に入れておきたい。
U.S. Geological Survey (USGS) Mineral Commodity Summaries — Helium, Sulfur
World Steel Association「Direct Reduced Iron Production Statistics 2025」
石油連盟「日本のLPG輸入統計」
IEA「Middle East Energy Supply Disruption Report (March 2026)」
Helium One Global「Helium Supply Outlook 2026」
BP Statistical Review of World Energy
前稿:【ホルムズ封鎖でモノ不足】アルミ・肥料・食料が止まる|コンテナ4方向詰まりとゴールドのジレンマ(2026年3月)

