連載:ビットコイン・新時代の光と影
第6回:底値圏の地図を描く|イラン戦争・Jane Street疑惑・ETF反転が示す「今、サイクルのどこにいるのか」
📚 連載インデックス
・第2回:デジタルゴールドへの違和感とコールドウォレットの正体
・第4回:ETF承認がもたらした「牙を抜かれた野獣」とデリバティブの罠
・第5回(旧最終回):サトシ・ナカモトの再臨|2026年暴落の先にある本質と次のATH
・第6回:底値圏の地図を描く(本記事)
第5回で「最終回」と書いた。しかし2026年3月、市場は静かに、しかし確実に動き続けている。
2月28日、米・イスラエルによるイランへの軍事攻撃(OPERATION EPIC FURY)が開始された。BTCは一時$63,038まで急落し、15万2千ものポジションが強制清算された。その一方で、2月23日にはJane Streetという名の巨大取引会社に対する83ページの連邦訴状がマンハッタンに提出され、「毎朝10時の売りアルゴ」疑惑がX上を席巻した。
現在のBTC価格は$71,000〜73,000。最高値$126,080からはまだ約42%下にある。
「底はどこか」ではなく「底固めはいつ終わるか」、そして「何が揃わなければシナリオを修正すべきか」——今回はその問いに向き合う。
1過去サイクルと比較した「今の位置」
連載第1回で提示したサイクル比較表を、現在地を加えてアップデートする。
| サイクル | ATH価格 | 最大下落率 | ATH→底 期間 |
現在地(2026年3月) |
|---|---|---|---|---|
| 2012年 | 約$1,150 | -86% | 約13ヶ月 | — |
| 2016年 | 約$19,800 | -84% | 約12ヶ月 | — |
| 2020年 | 約$69,000 | -77% | 約12ヶ月 | — |
| 2024年(現在) | $126,080 (2025年10月) |
-52% (暫定) |
約5ヶ月 (進行中) |
$62,920(2/24)を底に $71,000〜73,000で推移 → 底固め局面を推定 ただし継続監視が必要 |
📌 「下落幅が浅い」は成熟の証拠でもあり、底固め長期化の予兆でもある
過去3サイクルの最大下落率は-77〜-86%。今回は現時点で-52%にとどまっている。ETFを通じた機関投資家の参入が「底値の床」として機能していることは評価できるが、同時にこの層が次の売り手にもなりうる点を忘れてはならない。「下落幅が浅い=回復が早い」は成立しない。むしろ底固め期間は過去より長くなる可能性を正直に見ておく必要がある。
過去サイクルでは、ATHから底まで約12〜13ヶ月を要した。現在(2026年3月)はATH(2025年10月)から約5ヶ月。仮に過去パターンが繰り返されるなら、本格的な底固め完了は2026年後半〜2027年初頭になる計算だ。ただしこの「過去パターン通り」という前提自体、ETF時代に通用するかどうかは未検証であることを強調しておく。
2イラン攻撃(OPERATION EPIC FURY)でBTCに何が起きたか
2026年2月28日(土)未明、米・イスラエルによるイランへの大規模軍事攻撃が開始された。標的はイランのミサイルシステム、海軍資産、核関連施設。株・債券・商品市場が週末で閉まっている中、24時間365日動き続ける暗号資産市場だけが、世界の恐怖を一手に吸収した。
開戦初動のBTC時系列
| 日時(概算) | 出来事 |
|---|---|
| 2/28 早朝 | 攻撃開始報道でBTC急落。-3.8%で$63,038まで下落。ETH -9%。15万2千人が強制清算(Bloomberg、2/28) |
| 2/28 日中 | ハメネイ師死亡の報道でBTC一時$68,196に反発。「地政学リスク解消期待」の先走り |
| 2/28 夕方 | イランが報復攻撃(クウェート・UAE・バーレーンの米軍基地)。BTC反落し$65,300で週末を越える |
| 3/2(月) | 紛争3日目。株先物S&P ▲1.0%・Nasdaq ▲1.3%に対し、BTC$66,500で相対的に底堅い(CoinDesk、3/2) |
| 3/4(水) | BTC +8%急騰、一時$74,000に到達。ただしArthur Hayesは「テック株との連動が外れておらず、ショートスクイーズ主導の一時的反発」と警告 |
| 3/6(現在) | $71,000〜73,000で推移 |
📌 「週末戦争テスト」が明らかにした二つの顔
【リスク資産としての顔】 開戦直後、金は+2.5%上昇し$5,280に到達した一方、BTCは-3.8%で急落。第2回で論じた「デジタルゴールドへの違和感」は今回のリアルな戦争テストでも繰り返し確認された。有事の第一報でBTCは売られ、金は買われる——この構造は変わっていない。
【成熟資産としての顔】 一方で機関投資家は「売らずに買い向かった」。アブダビ政府系ファンドのMubadala Investment CompanyとAl Warda Investmentsが2月中旬にスポットBTC ETFを買い増し。2/25のETF流入額は+5億ドルを超え、3週間ぶりの高水準を記録(Farside Investors)。
3Jane Street疑惑|「毎朝10時の売り」と83ページの訴状
2026年2月下旬、暗号資産コミュニティで一つの「陰謀論」が爆発的に拡散した。それが「Jane Street 10AM Dump」問題だ。
問題の構造
Jane Streetは世界最大級のクオンツ取引会社の一つ。BlackRockのIBITをはじめとするスポットBTC ETFにおいて「認定参加者(Authorized Participant / AP)」として機能し、ETFの現物BTCを売買してETF価格がNAVから乖離しないよう維持する役割を担う。
X上で拡散した主張——
「Jane Streetは毎朝10時ET(米国市場オープン直後)に精密にBTCを売却し、価格を下落させた後、安値でETFを買い戻す操作を繰り返していた。2025年11月以降の$126,000→$62,000への下落はこれが一因だ」
訴状の中身(事実部分)
2026年2月23日、Terraform Labs(Terra/LUNA)の破産清算人Todd Snyderが、マンハッタン連邦地裁に83ページの訴状を提出(Case No. 1:26-cv-1504)。Jane Street Group、共同創業者Robert Granieri、従業員Bryce Pratt・Michael Huangが名指しされた。
訴状の核心:2022年5月7日、TerraformがCurveの流動性プールから1億5,000万ドルのUSTを引き出す10分前に、Jane Street関連のウォレットが8,500万ドルを先に引き出したとされる。これによりUSTのドルペッグ崩壊が加速し、$400億規模の損失につながったと主張。Jane Streetは「根拠のない主張」と全面否定。
⚠️ 重要:「10時の売りアルゴ」疑惑と今回の訴状は別の話
SNS上で両者は混同されているが、訴状の対象は2022年のTerra崩壊に関するインサイダー取引であり、「毎朝10時の売りアルゴ」に関する法的主張は含まれない。また、Alex Kruger(暗号経済学者)のデータ分析では、IBITにおける10〜10:30の時間帯の累積リターンは+0.9%であり、「体系的な売り」の統計的証拠は確認されなかった(@krugermacro、2026/2/26)。
訴訟翌日に「止まった」という事実
訴状提出の翌日(2/25)、BTCの10時ダンプが止まり、週足が5週連続陰線から反転。$170億以上が市場に流入した。これが操作終了によるものか、ETFフロー反転・ショートスクイーズなど別要因によるものかは現時点では確定していない。
📌 ぱぶちゃんの視点
Jane Street単体が「悪者かどうか」より重要なのは市場構造の問題だ。第4回で論じた通り、ETFというインフラ設計が特定の大型APに「価格を動かせる構造的な窓」を与えている可能性は、今回の騒動で広く認識されるようになった。インドのSEBIが過去にJane Streetを操作疑惑で制裁したことも、「前例がない話ではない」という文脈を与えている。裁判の行方と、規制当局がAP制度に追加の透明性を求めるかどうかは、引き続き注目に値する。
4ETFフロー反転:底固めの「新しいサポート構造」
過去のサイクルに存在しなかった新しい底値サポートの指標——それがETFフローだ。
| 時期 | ETFフロー | BTC価格の動き |
|---|---|---|
| 2026年初〜2/18頃 | 累計流出超:▲40億ドル以上 | $126,000→$62,920まで急落 |
| 2/24(最安値圏) | 流出が鈍化 | $62,920でサポート確認 |
| 2/25 | 流入:+5億600万ドル(3週間ぶりの高水準)IBIT単体で+2億9,700万ドル | $68,000台に反発 |
| 3月初旬 | 流出なし、流入基調に転換 | $71,000〜73,000で推移 |
ETF全体の保有量は現在約125.7万BTC(約800億ドル相当)。全供給量の約6%を占める(Farside Investors)。ただし、この機関資金は長期HODLerとは異なり、マクロ環境が悪化すれば再び流出に転じる流動的な資金だという点は忘れてはならない。
5「底固め完了」にはまだ遠い——メディア無関心期論の現実
第1回でこう書いた。
📋 第1回より:「底打ちのサインは、取引高が減り、メディアがビットコインを話題にしなくなり、市場に『無関心』が漂う時こそが、真の底となるのがこれまでのパターンです」
ではこの基準で現状を見ると——
| 底固めのサイン | 現状 | コメント |
|---|---|---|
| メディアの「無関心」 | ✗ 遠い | イラン戦争・Jane Street・NFP等で連日報道。「話題過多」の状態が続く |
| 取引高の低下・静穏化 | ✗ 未達 | 地政学イベントのたびに急騰急落を繰り返し、ボラティリティが収まっていない |
| $60,000サポートの維持 | ✅ 確認 | イラン攻撃でも$62,920止まり。価格の床は一応確認 |
| 機関投資家の買い増し | ✅ 確認 | Mubadala等の政府系ファンド、ETFフロー反転 |
| マイナーの投げ売り一服 | △ 観察中 | $62,000〜63,000はマイナーのコスト圏。価格回復で改善しつつあるが要継続確認 |
| 長期保有者の配布鈍化 | ✗ 継続中 | 直近30日で約14万3千BTCが長期保有者から配布(Glassnode)。2025年8月以来の最速ペース |
⚠️ 厳しい現実:無関心期に入るのは2026年後半以降になる可能性が高い
現状はメディア無関心期の「入口」にすら達していない。イラン戦争は長期化の兆しがあり、Jane Street訴訟は司法プロセスに入れば数ヶ月以上かかる。NFPをはじめとする米経済指標が毎月BTCを揺さぶり、デリバティブ市場には依然として大量のポジションが積み上がっている。
「価格的な底の確認」と「心理的な底固めの完了」は別物だ。前者は達成されつつあるが、後者にはあと半年以上を要する可能性を正直に見ておく必要がある。
6リスクシナリオ|「もし悪化すれば」の論点整理
第5回で提示した価格シナリオを「前提は崩れていない」と維持することは、現時点では誠実ではない。以下の3つのリスク要因が現実化した場合、シナリオの下方修正が必要になる。
🔴 リスク①:中東紛争のエスカレーション
イランがホルムズ海峡を封鎖した場合、原油価格は$100〜$150超に急騰する可能性がある(Barclays等が試算)。このシナリオでは世界的なインフレ再燃が起き、FRBの利下げ期待が剥落。株・BTCともに大幅な追加下落圧力にさらされる。$60,000のサポートが試される局面が再来し、最悪の場合は$50,000〜$55,000まで下値が拡大するリスクがある。
🔴 リスク②:ETFの再流出転換
現在の流入基調はまだ日が浅い。マクロ悪化・株安・リスクオフが重なればETFから再び大規模流出が起きる可能性は排除できない。累計▲40億ドルの流出を再び上回るような動きが確認された場合、$62,920の底値は維持できない。ETFフローの週次トレンドは今後最も重要な先行指標の一つとして監視が必要だ。
🔴 リスク③:Jane Street訴訟の波及
訴訟がETF制度そのものへの規制強化につながった場合、認定参加者(AP)制度の見直しや取引制限が生じ、現物ETF市場の流動性が損なわれる可能性がある。これは短期的にBTCのETFフローを止める最大のテールリスクだ。現時点では可能性は高くないが、規制当局の動向は注意深く追う必要がある。
シナリオの条件付き整理
| 🟢 強気 | 条件 | 2026年末目標 | 2027年末目標 |
|---|---|---|---|
| Mass Adoption | ETF流入継続 + 中東情勢収束 + FRB利下げ再開 | $150,000 | $250,000 |
| 🔵 標準 | 条件 | 2026年末目標 | 2027年末目標 |
|---|---|---|---|
| Market Cycle | ETF流入安定 + 紛争長期化でも局地的 + マクロ横ばい | $110,000〜120,000 | $180,000〜190,000 |
| 🔴 弱気 | 条件 | 2026年末目標 | 2027年末目標 |
|---|---|---|---|
| Macro Drag | ホルムズ封鎖 or ETF再流出 or 規制強化のいずれか一つ現実化 | $55,000〜75,000 | $120,000〜150,000 |
※上記はあくまで筆者の分析に基づくシナリオ整理であり、投資推奨ではありません。
7第6回のまとめ:「今、サイクルのどこにいるのか」
🗺️ 現在地:底値への突入は完了、ただし底固めの「中盤戦」
✅ 価格の床:$62,920(2/24)が当面の底候補として機能中
✅ イランショックでも崩れなかったことで$60,000ラインのサポートが再確認された
✅ ETFフローが流入に転換したことは構造的な下落圧力の低下を示す
⚠️ メディア無関心期・取引高の静穏化はまだ遠く、底固め完了は2026年後半以降の可能性が高い
⚠️ ホルムズ封鎖・ETF再流出・Jane Street訴訟の波及は、シナリオを下方修正するトリガーになり得る
📌 結論:焦らず、しかし「積み上げている者たちの動き」と「リスクシナリオの芽」から目を離すな。
次回(第7回)は、底固め完了の条件が揃ったかどうかの検証記事を予定している。ETFフローの週次トレンド、長期保有者の配布動向、中東情勢の進展——この三つを軸に、冷静に積み上げていく。
📎 引用・参考文献
・Bloomberg(2026/2/28):Bitcoin Slides Below $64,000 After US and Israel Strikes on Iran
・Bloomberg(2026/3/1):Bitcoin (BTC) Recovery Looks Tepid as Iran Strikes Stir Uncertainty
・CoinDesk(2026/2/28):Bitcoin drops to $63,000 as U.S. and Israel launch strikes on Iran
・CoinDesk(2026/3/2):Bitcoin holds up after Iran strike, outpacing equities in risk-off session
・CoinDesk(2026/2/26):Why Crypto X Thinks Jane Street Crashed Bitcoin and What's Actually Behind the 10 AM Slam
・CoinDesk(2026/3/1):Bitcoin Market Bottom May Be Nearing, at Least If Measured Against Gold — Mercado Bitcoin / Rony Szuster
・Fortune(2026/2/26):Is Jane Street Responsible for the Bitcoin Slump?
・Fortune(2026/3/2):A brief collapse in Bitcoin's price echoes earlier geopolitical conflicts
・The Motley Fool(2026/3/5):Did Market Manipulation Cause Bitcoin to Crash?
・Yahoo Finance / CCN(2026/2/26):What Is Jane Street Really Doing? Terraform Allegations, Bitcoin Sale, MSTR Buys
・Mudrex Learn(2026/3/1):US–Israel–Iran War: Impact on Global Markets and Crypto in 2026
・CryptBull(2026/2/28):Bitcoin In The Line Of Fire: Price Dips To $63k As US, Israel Launch Strikes On Iran
・Alex Kruger(@krugermacro, 2026/2/26):IBIT 10時台リターン分析データ
・Farside Investors:Bitcoin ETFフロー統計(2026年1〜3月)
・Glassnode:長期保有者配布データ(直近30日、2026年3月時点)
・訴状:Case No. 1:26-cv-1504 / U.S. District Court for the Southern District of New York(2026/2/23提出)
・Barclays:原油価格シナリオ試算(Brent Crude、2026年3月)
⚠️ 免責事項 投資は、投資家自身の判断と責任で行うべきものであり、当ブログは投資判断に関する一切の責任を負いません。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。掲載している経済指標・イベント情報は、各種メディア・公的機関の発表をもとに筆者が整理したものですが、発表日時・内容は予告なく変更される場合があります。最新情報は各機関の公式発表でご確認ください。

