——核密約と公海の80年
・ホルムズ海峡48時間最後通牒——トランプvsイランの全体像
・ホルムズ海峡は本当に閉鎖できるのか——国際法・地政学の全解剖
- ①中央部約3.7kmは公海——漁船は規制できるが核潜水艦は止められないという逆転現象が起きている
- ②2021年は「初めて」ではなかった——冷戦期からソ連艦艇は年間300隻規模で通過し続けていた
- ③米機密文書に明記——「津軽海峡の自由通航は核戦争計画SIOPにとって死活的利益」
① ホルムズから日本へ——足元の話
前回のホルムズ記事で「スエズ・パナマは人工運河だから通行料を取れるが、ホルムズは自然の国際海峡だからUNCLOSで無料通航が保証されている」という話を書いた。
その議論の流れで、ふと気づいた。日本の足元にも「止められない海峡」が存在する。しかもその理由は、ホルムズとはまた別の、より政治的に深い事情があった。
津軽海峡——北海道と本州の間を隔てる、日本で最も有名な海峡のひとつ。石川さゆりの歌で知られるこの海峡の中央部は、実は日本の領海ではない。
② 「日本の海峡なのになぜ?」——基本の驚き
最大水深:約450m
日本の通常領海:基線から12海里(約22km)
特定海域として設定されている領海:基線から3海里(約5.6km)
事実国際法上、日本は津軽海峡に対して基線から12海里の領海を設定できる。計算すると12海里×2(両岸)=24海里となり、最狭部10.1海里を上回る。つまり本来なら全域が日本領海になるはずだ。
しかし現実には中央部約3.7km(約2海里)が公海として残されており、日本の主権が及ばない。なぜか。
③ 3海里と12海里——そもそもどう決まったのか
3海里の起源——「大砲の射程」という慣習
17〜18世紀のヨーロッパで、当時の大砲の最大射程が約3海里(約5.6km)だったことから「陸から大砲が届く範囲なら沿岸国が支配できる」という考えが生まれた。オランダの法学者コルネリウス・ビンケルスフーク(1703年)が提唱したとされるが、実態は英国・米国などの海軍大国が採用した慣行が積み重なっただけで、明確な条約上の根拠はなかった。
12海里への拡大——9年間の国際交渉
1945年以降、資源開発への関心から領海拡大を求める動きが各国で高まった。1958年・1960年の国連海洋法会議では合意に至らず決裂。ようやく1973〜1982年の第3次国連海洋法会議(9年間の交渉)でUNCLOSが採択され、1994年に発効した。
事実日本の領海法が制定されたのは1977年——UNCLOSの交渉がまだ続いていた最中だった。日本はその行方を見ながら、5海峡だけ3海里に据え置くという変則的な対応を選んだ。
④ 特定海域という仕組み——政府が言えなかった本当の理由
事実1977年の領海法制定で、日本は全体の領海を3海里から12海里に拡張した。しかし5つの海峡(宗谷・津軽・対馬東水道・対馬西水道・大隅)だけは「特定海域」として3海里に据え置いた。
政府の公式説明はこうだった。
分析この説明は後に「全く理由を説明したことになっていない」と研究者から酷評され、元外務事務次官の証言によって虚偽であることが判明する。
⑤ 本当の理由——核密約という「国家のうそ」
なぜ政府は本当の理由を言えなかったのか。そこには1960年の日米安保条約改定時に交わされた「核持ち込み密約」が絡んでいた。
背景当時の日本政府が直面していたのは、「核の傘(米国の核抑止力)に依存しなければ安全保障が成り立たない」という現実と、「被爆国として非核三原則を国是として掲げなければ国内世論が許さない」という建前の、根本的な板挟みだった。この構造的ジレンマが、1977年の「一番楽な選択」を生んだ。
非核三原則との矛盾
事実日本は「持たず・作らず・持ち込ませず」の非核三原則を国是としていた。しかし1960年の安保改定時、米国との間で核搭載艦船の日本領海通過・寄港を黙認するという「暗黙の合意(密約)」が存在した。
米国の機密文書が語る真実
機密文書米国の機密解除文書「太平洋統合軍司令官コマンド・ヒストリー(1972年版)」には以下が明記されていた。
「SIOP(単一統合作戦計画=対ソ連・中国核戦争計画)戦略支援のため行動中の潜水艦にとって自由通航権の保持が死活的利益」
SIOPとは1960年に策定された対ソ連・中国への大規模核攻撃計画である。1960年代半ば以降、核ミサイル・ポラリスを搭載した米戦略原潜が津軽海峡経由で日本海・東シナ海にひそかに展開していた。
米国が日本政府に圧力をかけた証拠
機密文書1974年6月付の米政府秘密覚書(エードメモワール)には在日米大使館へのこんな指示が残っている。
→ ソ連を締め出したくても、米原潜も通れなくなるので困る。
→ このことを日本政府に強調するよう在日米大使館に指示した文書。
宮沢外相の苦悩——1975年の外交電文
外交電文1975年12月30日付、在日米大使館からの電文には宮沢喜一外相がホジソン米大使に述べた言葉が記録されている。
「難しいのは、そうした法制化が非核三原則を侵犯するとの野党の激しい抗議をどう切り抜けるかという問題だ」
この苦悩の末の「一番楽な」解決策が、5海峡だけ3海里のままにするという1977年の措置だった。2009年、複数の元外務事務次官が共同通信にこう証言した。「政府が以前のうそに金縛りになっていた」と。
⑥ 2021年は「初めて」ではなかった
2021年10月、中露合同艦隊10隻が津軽海峡を通過した際、多くの日本国民が「なぜ通れるのか」と驚いた。しかし正確に言えば、2021年は「中露が同時に通った初めて」に過ぎない。
分析防衛白書が記録した「年間300隻」という数字は1日平均0.82隻に相当する。冷戦期、ほぼ毎日ソ連艦艇が通過していた。しかし日本国民は知らなかった。2021年は「事実の変化」ではなく「日本国民の認識の変化」だった年である。
⑦ 無害通航 vs 自由通航——何が違うのか
仮に日本が12海里にして津軽海峡を全域領海にした場合でも、外国船には「無害通航権」が認められる。では公海(自由通航)と何が違うのか。
| 項目 | 無害通航(領海) | 自由通航(公海) |
|---|---|---|
| 潜水艦 | 浮上義務あり・旗国掲揚 | 潜ったまま通行可 |
| 核搭載艦 | 「有害」として拒否できる余地あり | 完全に自由・止められない |
| 事前通告 | 必要な場合あり | 不要 |
| 日本の規制権 | 一定程度あり | ゼロ |
| 上空飛行 | 不可 | 可能 |
分析日本政府は米軍の核原潜を通すために、「より制限の緩い」自由通航(公海)を選んだ。その結果として中露の潜水艦も潜ったまま通れる構造を自ら作り上げた。米軍を通すために開けた穴を、米軍が最も警戒する相手が使っている。
⑧ 「日本ではない」は半分だけ正しい——三層構造
「津軽海峡の真ん中は日本ではない」という言い方は、半分正しく半分不正確である。正確には以下の三層構造になっている。
→ 公海と同じ扱い
→ 誰でも自由に通れる・日本は止められない
→ 核潜水艦も潜ったまま通行可
② 経済的権利(漁業・資源開発)
→ 日本のEEZ(排他的経済水域)
→ 外国漁船の違法操業は取り締まれる
→ 海底資源も日本の権利
③ 海底下の物理構造
→ 青函トンネルは日本の土地
→ 1988年の閣議決定で青森県・北海道に編入
→ 中央部約9.7kmが「領海外の海底」を通るため特別措置が必要だった
つまり漁師は規制できるが核潜水艦は止められないという逆転現象が起きている。民間より軍艦の方が自由に通れるという、安全保障上の根本的な矛盾がそこにある。
なお、この三層構造は5海峡で共通するが、EEZの境界については対岸が外国(宗谷海峡のロシア側、対馬海峡の韓国側)の場合は相手国との境界問題が絡む。
⑨ ホルムズとの対比——同じ構造、異なる経緯
この記事の出発点に戻る。ホルムズとの対比で見ると何が見えてくるか。
| ホルムズ海峡 | 津軽海峡 | |
|---|---|---|
| 「止められない」理由 | UNCLOS通過通航権(国際法) | 日本が自ら公海を残した(政治的選択) |
| 誰が決めたか | 国際条約 | 日本政府が密かに |
| 国民への説明 | なし(イランの立場) | 虚偽の理由を繰り返した |
| 真の理由 | 先制攻撃への自衛・通行料収入 | 米軍の核艦船を黙って通すため |
| 副作用 | 第三国船舶を巻き込む | 中露潜水艦が太平洋に自由展開 |
分析ホルムズはイランが力で既成事実を作っている。津軽海峡は日本が自ら主権を放棄した。経緯は正反対だが、「国家の建前と本音が国際秩序を静かに侵食する」という構造は同じである。そして両方とも、その決断のツケは数十年後に別の形で返ってきた。
リスク2022年のウクライナ侵攻直後、ロシアは津軽海峡を通じて戦闘車両を輸送した可能性がある。日本は何もできなかった。1977年の「一番楽な」選択が、半世紀後のこの現実を生んでいる。
📖 用語解説
| 用語 | 解説 |
|---|---|
| 特定海域 | 日本の領海法附則が定める5海峡(宗谷・津軽・対馬東水道・対馬西水道・大隅)の呼称。通常の12海里ではなく3海里に領海が制限され、中央部が公海として残っている。 |
| 通過通航権 | UNCLOS第38条が定める権利。国際海峡では全ての船舶・航空機が通過を妨げられない。潜水艦の潜航通過も認められる。ただし日本の特定海域は公海部分があるため「国際海峡」には該当しない。 |
| 無害通航権 | 外国船舶が沿岸国の領海を通航できる権利。「無害」であることが条件で、潜水艦は浮上義務がある。沿岸国は「有害」と判断すれば停止させられる余地がある。 |
| 非核三原則 | 「持たず・作らず・持ち込ませず」を内容とする日本政府の基本方針。1968年に佐藤栄作首相が国会で言明。法律ではなく国会決議であるため法的拘束力は限定的。 |
| SIOP | Single Integrated Operational Plan(単一統合作戦計画)。1960年に策定された米国の対ソ連・中国核戦争計画。津軽海峡の自由通航がこの計画の「死活的利益」と機密文書に明記されていた。 |
| EEZ 排他的経済水域 |
基線から200海里以内の海域。沿岸国が漁業・資源開発などの経済的権利を持つが、主権(領土)ではない。航行の自由は公海と同じく保証される。 |
| 核密約 | 1960年の日米安保条約改定時に交わされた「暗黙の合意」。米国の核搭載艦船の日本領海通過・寄港を日本が黙認するという内容。2010年の外務省有識者委員会報告書で「広義の密約が存在した」と認定。 |
| 非核三原則と 高市政権 |
2025年10月発足の高市早苗政権は、安保3文書の2026年末改定に向けて「持ち込ませず」の見直しを論点として検討中。高市氏はかねて「核兵器を積んだ米艦船の寄港をノーと言っていたら日本の安全は守れない」と主張。一方、国会答弁では「堅持を明言しない」という姿勢にとどめており、2026年2月の衆院選での自民圧勝(316議席)を受けて政策実現力は高まっている。 賛成側の論拠:実態(核艦船は既に通過している)と建前の矛盾を正直に解消すべき。 反対側の論拠:被爆国として積み上げてきた核廃絶への外交的姿勢が根本から崩れる。「曖昧さ」自体が戦略的価値を持つという見方もある。 |
📚 出典・参照
・米政府秘密覚書(エードメモワール)関連電報(1974年6月・機密解除済み)
・在日米大使館電文(1975年12月30日付・機密解除済み)
・外務省「いわゆる『密約』問題に関する有識者委員会報告書」(2010年3月)
・領海及び接続水域に関する法律(1977年・附則第2項)
・中国新聞ヒロシマ平和メディアセンター「核通過見込み5海峡で領海3カイリ 『密約』で政府判断」
・日本経済新聞「中国とロシアの艦艇10隻が津軽海峡を東方向に通過」(2021年10月18日)
・CNN「津軽海峡をロシア艦艇4隻が通過、写真公表 ウクライナ関連か」(2022年3月19日)
・サライ.jp「なぜ公海なのか?中国・ロシア、そして米国がにらみ合う軍事最前線としての津軽海峡」(東奥日報・斉藤光政編集委員)
・時事通信「非核三原則、見直し俎上 『持ち込ませず』焦点——高市首相持論、慎重論強く」(2026年1月)
・共同通信「非核三原則見直し指示せず——首相、安保3文書改定向け」(2026年1月26日)
・参議院法制局コラム「青函トンネルと津軽海峡」
・海上保安庁「排他的経済水域(EEZ)と領海及び外海の違い」
・衆議院「国際海峡に関する質問主意書」(平成27年2月13日提出 質問第70号)
・防衛省防衛白書(冷戦期・ソ連艦艇通峡隻数記録)

