【為替介入の"その先"】得た円はどこへ消えるのか~政府短期証券の償還と、消費税減税財源論の真相
2026年8月3日|ぱぶちゃんのファンダメンタルlab
令和8年熊本地震により、多くの尊い命が失われましたことに深く哀悼の意を表します。また、被災された皆様、そしてご家族・ご関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。一日も早く皆様が平穏な日常を取り戻せますよう、被災地の復旧・復興を心からお祈りいたします。
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円買い介入で得た円は、法律上「政府短期証券(FB、Financing Bills)の償還」に充てることが定められている。実務では3カ月ごとの借換発行(ロールオーバー)が基本で、介入時だけ現金償還される。外為特会は為替変動リスクに常時さらされており、政府自身も「介入の確定利益は消費税減税の財源にできない」と公式に説明している。
📚 本記事は全3回シリーズの第3回(法律・財源論編)です。第1回は歴史編、第2回は仕組み編を扱っています。
📖 為替介入シリーズ全3回
- 第1回:為替介入の歴史
- 第2回:為替介入の仕組み(資金調達とオペレーション)
- 第3回:得た円はどこへ消えるのか(本記事)
1|円買い介入で得た円はどこへ行く?
円売り・ドル買い介入で調達した円は、政府短期証券(FB、正式名称「外国為替資金証券」=通称「為券」)を新規発行して賄っている。つまり外為特会は、この介入のたびに借金(負債)を積み上げてきたことになる。
逆に円買い・ドル売り介入を行うと、市場から円が入ってくる。この円は新たな使い道に回されるのではなく、過去に発行してきたFB(為券)の償還に充てられ、外為特会の負債を減らすという形で処理される。
| 円売り・ドル買い介入 | 円買い・ドル売り介入 | |
|---|---|---|
| 資産(外貨) | 増加(ドルを取得) | 減少(ドルを売却) |
| 負債(FB=為券) | 増加(新規発行) | 減少(償還) |
ただし、これは外為特会自体のバランスシートの話ではなく、日本銀行を含めた広義の資金循環全体で見た場合の中立性についての見方である点に注意したい。外為特会単体で見れば、上の表の通り介入のたびに資産(外貨)と負債(FB)が実際に増減しており、その後の為替変動によって両者の価値がズレていく。参議院の分析では、外国為替資金は政府短期証券を調達して外貨(ドル)を購入する一方、民間金融機関側は外貨(ドル)が政府短期証券に振り替わっただけであり、日本銀行のバランスシートは一時的な増減はあっても最終的には変化しないという意味で、為替介入は資金全体としては中立とみる見方もある、と整理されている。
2|法律上の根拠
- 外為特会の根拠法:「特別会計に関する法律」(平成19年法律第23号)第71条「政府の行う外国為替等の売買等を円滑にするために外国為替資金を置き、その運営に関する経理を明確にすることを目的とする」
- FB(為券)発行の根拠:同法第82条第1項、第83条第1項「外国為替資金に属する現金に不足がある場合には、外国為替資金特別会計の負担において、一時借入金をし、融通証券を発行し、又は国庫余裕金を繰り替えて使用することができる」
- 発行限度額:一時借入金・融通証券(FB)・繰替金の限度額は予算をもって国会の議決を経なければならない(同条第2項)
- 償還義務:一時借入金、融通証券及び繰替金は「一年内に償還し、又は返還しなければならない」(同条第5項)
つまり法的には、FB(為券)の発行も限度額も毎年度の予算として国会承認が必要であり、FBは法律上「1年以内に償還しなければならない」短期の一時借入と定められている。円買い介入で得た円は、この法定の償還義務を履行する形で自然にFBの返済に回る。
3|実際の償還方法:借換発行が基本
法律上の上限は「1年以内」だが、実際の運用ではFB(現在は「国庫短期証券」T-Billに統合)は原則13週間(約3カ月)満期で発行されている。3カ月ごとに満期が来るが、その都度現金で完済しているわけではない。
🔄 通常時の処理(借換発行)
- 3カ月前に発行したT-Bill(為券)が満期を迎える
- 同じ日に、同種の新しいT-Bill(為券)を新規発行
- 新規発行で得た資金で、満期を迎えた旧T-Billを返済
外為特会がドル資産を保有し続ける限り、このロールオーバーは何年でも繰り返される。長期国債(10年債などの新発国債)に転換されるわけではなく、あくまで短期証券のまま借り換えが継続する点がポイントだ。円買い・ドル売り介入をした時だけ、ドルを売って得た円で満期を迎えたT-Billを借り換えず現金償還し、その分だけ外為特会の負債(T-Bill残高)が実際に減る。2003~04年に35兆円規模で発行されたFBは、その後20年近く借り換えられ続けてきたが、2022年以降の一連の円買い介入によって、その一部が初めて実際に「返済」され始めたことになる。
4|外為特会のバランスシートは常にバランスしているのか
複式簿記である以上、資産=負債+純資産という会計等式は定義上つねに成立する。しかし本質的な論点はそこではない。介入した瞬間は調達した円(FB発行額)とちょうど同額のドルを買うので資産と負債は同額でスタートするが、その後は為替レートの変動によってズレていく。
| 項目 | 性質 |
|---|---|
| 負債側(FB=為券) | 円建てのため、為替が動いても額面は変わらない |
| 資産側(ドル資産) | ドル建てのため、円換算した評価額は為替レートで毎日変動する |
円高が進むとドル資産の円換算価値がFB負債の額面を下回り、理論上は債務超過リスクが生じる。逆に円安が進むと含み益が生じる。国立国会図書館の分析では令和3(2021)年度末の含み益は約30兆円とされ、これとは別の指標として、令和6(2024)年度決算では資産から負債を差し引いた額(純資産)が約80兆円に達し、そのうち約50兆円が為替差益によるものと報じられている。前者は特会の含み益そのもの、後者は決算時点の純資産のうち為替差益が占める部分という、算出の切り口がやや異なる数字である点には注意したい。
かつてはこのリスクに備える「積立金」制度があった。外為特会の積立金は、外貨資産と円建ての政府短期証券の金利差から生じた剰余金を積み立てたもので、為替差損のほか金利差損、内外金利の逆転による収支赤字にも備えるものだった。積立金制度においては、特会が債務超過とならないよう、バランスシートに為替差損と見合う形で積立金を立ててバランスさせるという考え方がとられていた。しかし平成25年の特別会計法改正で、政府短期証券残高の増加抑制を図るためこの積立金制度は廃止され、剰余金は一般会計繰入と外国為替資金への直接組み入れに再編された。つまり実態は「常にバランスが保たれている」というより、「常に為替変動リスクにさらされた、含み損益が変動し続ける状態」というのが正確な表現だ。
5|為替介入の確定利益は消費税減税の財源になるか
📢 政府の公式見解
木原稔官房長官は2026年5月18日の記者会見で、食料品の消費税減税を巡り為替介入に伴う為替差益を「財源として活用することはできない」と述べた。「為替介入で得た円貨は償還期限を迎える政府短期証券の償還に充てることが法令上求められる」と説明している。
これは前章までで整理した「円買い介入で得た円は、特別会計に関する法律第83条に基づき法定の償還義務を履行する形でFBの返済に回る」という仕組みそのものが、政府自身によって減税財源化を否定する根拠として使われた形だ。論点は3つに分けて考える必要がある。
| 財源候補 | 減税財源にできるか | 理由 |
|---|---|---|
| ①介入で得た円貨そのもの | 不可(法令上) | FB償還が法定義務 |
| ②剰余金(運用益蓄積) | 制度上は可能だが実質不可 | 既に他予算に充当済み |
| ③含み益(評価益、約50兆円) | 極めて困難 | 現金化=新たな介入、米国との摩擦リスク |
※木原官房長官の「法令上活用できない」という発言は、上表①(介入で得た円貨そのもの)を指したもの。②③はそれぞれ別の理由(既に他予算に充当済み/現金化の実務的困難さ)で財源化が難しいという整理である。
②について:剰余金のうち一般会計に繰り入れる割合は「原則7割」と説明されることが多いが、実際の年度別実績を見ると変動が大きい。
| 決算年度 | 剰余金総額 | 翌年度一般会計繰入 | 繰入比率 |
|---|---|---|---|
| 令和4年度(2022) | 3兆4758億円 | 2兆8350億円 | 約82% |
| 令和5年度(2023) | 約3兆8883億円 | 2兆133億円 | 約52% |
| 令和6年度(2024) | 5兆3603億円 | 3兆2007億円 | 約60% |
| 令和7年度(2025) | 5兆565億円 | 3兆1300億円 | 約62% |
財務省は「毎年度の剰余金の30%以上を外国為替資金へ組み入れ、組入累計額の保有外貨資産に対する割合を中長期的な必要水準に向け高めていくことを基本としつつ、外為特会の財務状況や一般会計の財政状況も勘案して一般会計繰入額を決定する」と説明しており、「7割」は固定された上限というより運用上の目安に近い。既に毎年度の歳入穴埋めに使われており、新たな財源確保の余地は乏しいのが実情だ。特に令和6年度決算分は約1兆円、令和7年度決算分は7520億円がそれぞれ防衛力強化の財源に充てられることが決まっている。経済官庁幹部は「減税を続けるなら財源を確保しないといけない。それをせずに外為特会でというのはモラルハザードだ」と苦言を呈している。
③について:外為特会が抱える外貨資産の円換算額は円安で膨らんでおり、24年度決算では資産から負債を差し引いた額が約80兆円に上り、うち約50兆円は為替差益によるものだ。ただ、これを活用するには保有資産を売却し外貨を円に交換する必要があり、これは事実上の為替介入に当たる。外債売却で債券市場の混乱を招きかねず、米政府の反発も必至で、同意を取り付けるのは容易ではない。外為特会は「打ち出の小槌」ではなく、剰余金の使い道は制度的にすでに固定されている、というのが実態だ。
出典
- 財務省「外国為替資金特別会計」
- 財務省「特別会計の設置等に関する情報(外国為替資金特別会計)」
- 名古屋大学法情報データベース「外国為替資金特別会計法」
- note(服部孝洋・東京大学)「外為特会の基礎③:外国為替資金証券(為券)について」
- note(服部孝洋・東京大学)「外為特会の基礎⑳:一般会計の繰り入れスキーム」
- 参議院「外国為替資金特別会計剰余金の発生と一般会計繰入」
- 参議院「外国為替市場介入をめぐる諸課題」
- 財務省「外国為替資金特別会計(予算解説)」
- 財務省「外国為替資金特別会計(令和5年度決算・予算解説)」
- 財務省「令和5年度決算(外国為替資金特別会計)」
- 財務省「令和6年度決算(外国為替資金特別会計)」
- 日本経済新聞「外為特会の剰余金、24年度5.3兆円 円安・金利差で0.7兆円上振れ」(2025年7月31日)
- 日本経済新聞「外為特会の剰余金、25年度5兆円 想定より5000億円上振れ」(2026年7月31日)
- Yahoo!ニュース(共同通信)「外為特会の剰余金、5兆円超 円安で金利収入、一部は防衛財源」(2026年7月31日)
- 日本経済新聞「消費減税の財源、為替介入の差益「法令上活用できず」 木原官房長官」(2026年5月18日)
- 時事ドットコム「外為特会は「埋蔵金」か 消費減税の財源活用論で注目」(2026年2月)
- 日本総研「一般会計歳入の増加に向け時限的に外為特会のさらなる活用を」
✍️ 執筆者/ぱぶちゃん|投資歴6年/ぱぶちゃんのファンダメンタルlabを事実ベースで解説するブログを運営中。相場の「なぜ?」を一緒に考えましょう。ナンピンは得意です。/X(旧Twitter):@pablo29god
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